「私、さんの事嫌いでした」



突然のカミングアウトに「そう」とだけ単調に答えて、は再び視線を窓の外に馳せた。別段、部屋の目の前のベッドで上半身を起こしている少女-三ヶ島沙樹くに好かれていようが嫌われていようが関係なかった。だが、言葉というのは面白いものだ。好かれていようがいまいが関係なくとも“嫌いでした”と言われた不的要素の含まれた言葉をは脳裏で反芻する。そう、“でした”と、言う事は…即ち−…



「でも、“でした”っていうことは今は違うんでしょう?」

「…そう、ですね」



白い壁に同色のカ−テン、そして少女が座るベッドもそして衣服すらも白で統一されたそこで、という存在は異色であった。白の中に存在する黒ほど目立つものはない。唯一の存在する花瓶に活けられた淡い色のガーベラはそれこそ色は違えど部屋の一部の様に存在しているというのに…。否、単純に黒を身に纏っているからという理由だけでが異色に見えるわけではなかった。



「敵わないって、思ったんです」



相変わらずは窓の外に視線を馳せたままだ。少女は開け放った窓から流れ込む風に揺れる花をどこか寂しそうに見つめながら言葉を紡ぐ。否、正確にはその花から視線はずれていた。窓際から外を望むの−更に先を見据えていた、写真をそのまま拡大して置いたような長方形の窓からは、学生服を身にまとい短糸の染め上げられた茶の髪をなびかせた見知った少年の姿がそこにあった。



「誰が、誰に?」



驚いたのだろう。は上半身だけを捻る様にして窓の外を覗いていたのだが、体勢を元に戻し声の主をまじまじと見つめた。刹那、少女のもとより大きな瞳が更に大きく見開かれて、を写し出す。嗚呼この子もまた、臨也に見初められさえ・・・・・・・しなければこんな風に病室で過ごすことなど無縁だったのかもしれないとは思った。



「おかしなこと聞かないでください」



私が、さんにですよ、と。それでも、その物言いは不快感をあらわにするものではなく、むしろ鈴の音を転がすような可愛らしい笑い声が零れおちた。



さんって、もっと凄い人だと思ってたのに…なんだか親近感が沸いてきちゃった」

「私が…?何故、そうなるのかしら?」

「だって、さんだって臨也さんに拾われたようなものなんでしょ?」



…否、勿論正確に拾われた訳ではない。単純にこの世界で生きていく手立てを用意してくれたのは臨也だ。…だが、を拾ったという表現をするのであればそれは間違いなく数少ない友人の一人であるセルティ・ストゥルルソンー彼女一人だ。しかし、自身の事やそういった裏での関わりを説明するほどと沙樹はそこまで親しい中であるわけではない。だいたい、先ほど沙樹からある種とんでもないなカミングアウトを受けたばかりだ。今は違うとはいえど、先方も昔は彼女を快くは思っていなかったわけだ。



「…そうやって拾われた人は、宗教じゃないけど大体が狂信的になるでしょう?だってあの人上手いんだもの、そういうの。こうやって傷ついてきた子はどんな言葉がほしいとか、ああやって心に闇を背負った子はこんな風に応対すればいいとか全部計算でやってて、それでいて何処にも不自然さが無いでしょ。だから、信奉しない筈がないの。…寧ろ精神を侵されないなんてよっぽどの狂人か変人か強靱な精神を持ち合わせているか…とにかく凄い人じゃないと無理だと思うんです」

「そうかしら?」



沙樹は知らない。が拒絶すればするほどに、本当は折原臨也に依存しているのだと言う事に。そして、もまた…知らない。折原臨也自身が深海の如く深い深いの深層心理の奥底で本当は彼女をどう思っているのかを。



「そうなんです…だからもう、さんって凄いんだか凄くないんだかわからないですけど」



「私は、」



と、言葉にしかけて言い淀む。−…今、自身はなんと言おうとした?普通でありたかった、だなんてどの口が紡ごうとした?−…と。



「…前に臨也さんが来たときに教えてもらったんですけど…さん、以前臨也さんを信奉する子たちに大怪我させられたって聞きました」



それは随分と最近の様で以前の話だった。確かにそんな事もあった。一部、黒ずんだように痕が残ってしまったものの今では痛みは感じない。…無論いい思い出ではない以上微かには顔を顰めた。



「ああ、そんなこともあったわね」

「あの子たちも本当は解ってるんですよ、臨也さんの目に写るのはさんだけだって。だから、そうやって目の敵にするんです」



違いますか?今まで見せる事のなかった獣の様な獰猛な瞳が一瞬、を射殺すように睨めつける。それを見て、は思い出す。…確かに初めて彼女に会った時こんな目をしていた、と。勿論臨也がいる時は一瞬たりともそんな表情を見せる事はなかったが、彼がいなくなったと同時に沙樹を含む数人の少女たちが牙をむき出しにした獣の様にに敵意を向けたのだ。…そう、確かに身体に残る痕の一部を付けた臨也教の信者様達もそんな瞳をしていた。…だが、沙樹のそれはすぐにもとの年相応の表情に戻る。



「私は…至って普通の人間よ?貴女が思っていたような人間ではないわ」

「…確かに…そうかもしれません」



…言葉を一度そこでやめて、今度は覗きこむようにの瞳を見据える。そうして…からすれば無垢な少女が綺麗に微笑んで現実を告げる。



「でも、臨也さんに゛人間゛の内の一人ではなくて、゛゛という一個人として認識されているだけ、普通の人間ではないんじゃないですか?…臨也さんに心酔していた頃は、それが羨ましくて…同時に憎くて堪らなかったんですけど、でも今はさんだからなんだって納得しています」

「…まって頂戴。話が誇張しすぎじゃないかしら?」

「いいえ、そんなことはありません」

「そう…まあ、その話はまた後にしましょう。その前に一つ、聞きたいんだけれど…」

「何ですか?」

「折原臨也という人間はそんなにすごいのかしら?確かにあの情報収集能力だったり、人間を愛するだなんだって奇特な事を言ったりするれど…一概にそれだけではあの男に心酔して信奉するような対象になりえないんじゃないかしら?」



淡々と告げるにごくりと息をのむ音がやけに大きく病室に響いた。そして少女はもう全てを諦めたかのように呟いた。



「…やっぱり」

「…?」

「やっぱりさんには敵わないや」





*





いつのまにか学生服姿の少年が姿を消していた。空は明るさをなくし、只月だけが唯一のの自然の光源として輝きを放っていた。…こんな都心の真ん中の明るい場所ではそう簡単に星明かりなど見つけようがなかった。沈黙を破る様に、沙樹が口を開く。



「いつものことなんです。…あそこまで来てくれるのに…絶対にここまで来ないんです。それで、日が沈むころに帰って行って…そのあと必ず…」



独り言のように呟かれるそれに、が答える前に…もうひとつ、黒を纏った影が現れた。…しかし、その影はもとより病室にいた黒を纏う女よりも幾分も身長が高かった。



「俺が顔を出す…っとね。…、わざわざ迎えに来てあげたっていうのに、そんな顔しないでくれるかな?」

「…迎えは結構よ」

「そんなつれない顔しないでさ…一応俺も心配してあげてるんだよ?女の子の一人歩きは危ない。特に、夜は…ね。ねぇ、沙樹ちゃん」



「そうですよ、さん」と悪戯に笑う顔は…報復を含むようなそれだった。…無論、昔彼女が抱いていた感情によるものではなく、純粋に臨也の言葉に乗っかったそれ。…もうかなわないと知っているからせめてこれくらいはいいでしょうとも言いたげな、それ。



「臨也さん、今日はさんの事お願いしますね。その代り、今度埋め合わせしてくださいよ?」

「ああ、必ずだよ。約束するよ」



会話をはじめた男と少女を余所に「それじゃあ」と病室をあとにする。遠ざかる足音に臨也は珍しく溜息を一つ零した。



「おい、!…まったく、しかたないなあ…。それじゃあ、またね。沙樹ちゃん」



ぱたぱたと遠ざかる足音。急にがらんどうとしてしまった病室。白に包まれた部屋で揺れる淡い色彩のガーベラ。



「あーあ…急に寂しくなっちゃったなあ…」



それでも思いを馳せるのは、敵わないと思った女性ではない。勿論、昔信奉していた一人の男でもない。



「ねぇ、正臣…」



それは−昼間、風に髪を弄ばれていた、一人の少年。

紡がれた名は、優しくカーテンをはためかせる風に呑まれて、消えた。















全ての言葉は優しく狂おしく



















…一応お相手は臨也なんですけどね、沙樹ちゃんが出張ってるので沙樹ちゃん表記でお送りします。そして、どこかソフトタッチな臨也さんに書いている方も若干困惑(笑)
[20100408]