こぼれ・おちる
雨の日は好きだけど、嫌…だ。どうしたって利便性を要してしまうのは人間の悪い癖。天から落つる雫は神様が泣いているのだろうか?大人気なくもそんなことを考えてしまう。
だがしかし、雨を降らせる神様は人の形を取りて我らが神子さまのお側にいるのだから、思索からは遠くかけ離れたその思いはたかが想像に過ぎぬのだ。実の所、雨が嫌いなのではなくて傘をさすという行為が煩わしいだけ。
こちらの世界に飛ばされてくる前は確かに面倒だと確固たる理由で傘もささず、雨に身を委ね立ち尽くしたこともあった。だいたい傘を持ち歩くという行為自体が面倒だ。されど雨の為に…だなんて思考に走るのはそれ自体が奇行なのだろう。
昔のように水溜りにばしゃばしゃ入り込んでしまいたいけれど、やっぱりその後の不快指数だとか履物が傷んでしまうだとか。そんなことばかりが頭をよぎる。
ふと、もっと子供みたいにはしゃげたら楽しいんだろうな、なんて切に思ってしまう。例えばついさっきまでこの場所ではしゃいでいた、幼子のように。開いたままの傘を投げ捨て雨音の元思うままにはしゃぐ姿。
…どちらかといわれれば大人に部類される己が羨望するだなんて、どうかしてしまったのだろうか?否、元々に偏屈な気質故、これが己が本質か。
夕立とは異なり、長雨のイメージは途切れることのない黒に近い灰色。
しとしとと降り注ぐ雨音は気分を鬱塞させる。嗚呼、だけれどどうしてだろう。その重苦しさだとか陰気さが、安らぎを与えてくれる。
それは一種の麻薬のような。…そうやって己を追い詰め追い詰めそうする事で、私はわたしという形を保っている。
「何をしているんですか?こんな所で、傘もささずに」
「雨を楽しんでいるって言ったら弁慶はどうする?」
怪訝そうな声音にゆるり振り返れば、やはりそこにいるのは彼。傘-私たちからすれば和傘-に部類されるをさして小難しそうな表情を向けて。
それもその筈。だってこんな雨だもの。小雨ならまだしも、視界を遮るほどの水滴が止め処なく落つるる、こんな状況下で。
常人なれば、木々の元だとか何所か屋根のある場所で雨宿りをするだとかそう考えるものであろうに。いいの、いいの。私は“普通”とやらに捉われたくはないのだから。
「」
差し出されたその手をゆるり交して雨つ空へと視線の先を向け。「、我儘も大概になさい。」…たしなめる声なんて、聞こえやしない。
くるり、くるり。記憶の底に朧げに眠るステップを踏めば、重力に相反し水の玉が跳ね上がり。共に上がる泥は、きっと着物に染みという新たな模様を作り出していよう。
先の懸念はもうどこかに捨てやった。いいのだ。彼の意思に大人しく従うくらいならば、少しくらいの土色の斑模様なんて厭わない。
唯一に我儘を連ねることの出来る人だから。別に他の人でもいいのだけれど、この人だからこそそういう気を起こすのだ。
分かった瞬間から、それは酷くなっていったのだけれど。一番に弁慶がそういった我儘を嫌うと思っていたから大人しく猫をか被っていたというのに。
この人はそれを直ぐに見破り「自分を演じて偽ることは辛くはないんですか?」と問うたのだ。だのにどうして“わたし”を隠しておく必要があるのだろう。
単純にそれだけではないのだ。彼の人ならば、こうして私を追ってきてくれるから。
だけれど半面に、不安もなきしもあらずと言ったところか。いうなれば…
いつかは呆れて、追わなくなって欲しいという、捻くれた思いと。
いつまでもこうして追ってほしいという、どうしよもなく我儘な願いと。
二つの思いが己が内で交差して、ぐるりぐるり回っている。だってほら、今もこうしてここで待っていてくれる。
ゆるりゆるり引かぬ痛み。胸の奥深く軋む。果たしていったいどちらが先か?彼が己が恣意を許容したが故か。自身が以前より愛恋の念を抱いていたのか。
熱い、と感じた時には既に視界は黒に支配されており。
「放して頂きたいのだけれど、弁慶。」
「いいえ、放しません。放せば奔放な蝶はこの手から逃げ出でてしまいますから。」
そうでしょう?と微笑みを向けられれば更に反抗心を煽るだけ。だけれど容易にその腕を振り解くことなぞ不可能に近しいのは経験上理解している。
…だからといって、こうにも腕の中にすっぽり収まっているのも癪、だ。少し前ならば少し触れるような程度掴まれているだけであったのに、今ではこの様。
逃げる出でるのは高い確率で不可能と見た。否、実際逃さないためにこうしているのだろう。
「…たまには大人しく言う事を聞いてあげなくもないわ」
そう言って彼の顔を覗きこめば「どこが大人しくですか。こんなに濡れるまで雨の下にいたというのに。」と返される。
貼り付けられた表情にはしかたがない、だとかやれやれだとかそういった物。…それにしても、互いの顔が近すぎるのだと思うのはわたしだけだろうか。
「弁慶、熱いわ。熱でもあるんじゃないの?」
「僕が熱いのではなくて、君が冷たすぎるのでしょう?」
額に触れても、解らない。彼の体温が。感覚を無くした指先には熱を感じ取る事は最早不可能。只、彼の肌に触れているのだという事が辛うじて感じとれる。決してきつくは無いのに抜けられない腕の拘束は、着物越しでもその熱気が伝わってくるのに。
「それに、もし仮に熱を持て余しているのだとしたら…。」
「それは君の所為ですよ、」
柄を器用に肩に引っかけて反対の腕がのびてきた。頬にあてられしその手は、人肌の温もりと言うには熱りを帯びている。
吐息すらも、当てられたこちらが惚けてしまいそうなほどに熱い。
「この様な扇情的な姿を見せるのは、僕の前だけにして頂きたいですね」
溜息混じりに呟かれた声に己が姿に視線を落とせば、雨に濡れた淡い色の着物がぴたりと肌に張り付いていた。
「弁慶…っ!」
「僕の忠告を聞き入れないからいけないんですよ」
一瞬、その微笑みに見惚れてしまった己に悔しさが募る。
自分でも何が言いたいのか解らない突発物でございます。…同じようなのを前回書いた気がする…。
[2007/08/29]