雨の後の晴空は、空気中の埃も塵も全てを洗い流してくれたおかげでその分太陽の光が直に地上に降り注ぐのだと聞いた。肌に当たる降り注ぐ光がやけに痛く感じたのは、きっと今日が俗に謂う梅雨の合間の中日というやつだからなんだと思う。



ずっしりと腕にかかるスーパーの袋といかにも高級そうな彫刻品が鎮座す廊下はまるで似つかない…そう、所謂ミスマッチなわけで。こんな風にこのマンションの廊下をスーパーの袋を抱えて歩くのは私と…瞬くらいだろう。



目的の場所まで辿り着いたけれど、塞がった両手では鍵を開けることが出来ないから荷物を一度全部置いてから鍵を取り出す。…鍵、と言うよりはカードにしか見えないのだけれど。…カードキー式の扉なんて、修学旅行のホテルの鍵くらいだったから物珍しくてしかも使い勝手がよくわからなかった為に翼に鼻で笑われたのは今年の春の事。



それにしても、聖帝の講師になるからと言って学園の近くにマンションを建ててしまうなんて翼も相変わらず…と、いうよりはそのスケールがアップしたような気がするのは…気のせいじゃないよね。



ただいま、と開け放たれたままのリビングに繋がる扉に向かって言葉を投げかけるけれど、一向に返事が返ってくる気配はなかった。



「瑞希…やっぱりまだ寝てる…か」



レースのカーテン越しに強い日差しを緩和された光りを浴びながらごろんと転がった、大きな白い塊。…規則正しく上下するのは…紛れも無く今、名前を呼んだ斑目瑞希その人であった。



切れてしまった日用品の買い物に行くと言うと、普段ならば眠い目を擦りながらでもついて来てくれていた。だけれどさすがに今日は限界だったんだろうな。電池が切れたように呼吸で上下する胸以外はピクリとも動かない。



隣で丸くなっていた小さな彼の相棒は眠りが浅かったのだろう。小さなつぶらな瞳を何度か開け閉めした後に小さくあくびをした。そして四つの足でペタペタという可愛らしい擬音とともに私の足元まで来て「クッケー」と鳴いた。



「ただいま」



爪先に乗っかったかと思えば素早く足をよじ登り、服の繋ぎ目やボタンにうまく足を引っ掛けながら肩まで昇ってきた。



「瑞希はずっとあんな調子?」

「トゲー!」



肩から腕を器用に伝い手の上にすっぽりと収まったトゲーの返事に「そっか」と無意識的に零れた言葉。



4月から特別講師として母校に赴任してきたB6の面々は当然互いが各々心配事はあった筈だ。翼が国語講師という点に匹敵…否、それ以上に瑞希が眠ってしまうことの方が問題にあがったくらいだ。



その瑞希が寝ずに授業をしている。…勿論、端からみればサボりのような事もあったけれど、まああれはあくまでトゲーの教師体験ということでひとまず置いておいて。確かに空き時間や放課後、眠っていることが格段に多かったことは否めない。それでも瑞希は瑞希なりに頑張っていたんだと思う。



ついにその限界が来たのだろう。一昨日−金曜日の夜から殆どの時間を眠りに充てている。勿論、ご飯の時間だったりお風呂であったり、必要最低限の生活以外の時間すべてをだ。



トゲーが言うには、2、3日眠りっぱなしの事はよくあることだったみたいだから別段心配する必要はないんだけど…それでも、



「ずっとこうだとなあ…ちょっと心配になるよね」















茜色に染まる世界。それすらもーまどろみの中の夢だと思った。だけど…ー隣で眠る体温が確かなものだったから…それは夢ではないのだと再確認した。



起き上がろうとすると、少しだけ引っ張られるような感覚に違和感を覚える。勿論、眠ったままの君がそんなことをするわけがなかった。…それをするのはいつも僕。浅い眠りの中で君が離れていく感覚が嫌で離れないように君の服をひっぱって、もう少し側にいてよと言葉なくして告げるんだ。目を瞑ったままだから解らないけれどきっと君は困ったような表情をしている筈だ。…だって、君の声は少しだけ困ったように揺れるから。勿論そこに嫌悪というものが含まれているわけじゃないって言うのはわかっていた。だからこそ僕は、君に全てを委ねられる。



そっと体を起こすと、きゅっと服の裾を掴んだまま眠る君の姿があった。申し訳程度にホンの少しだけ…掴む、というよりは寧ろ摘むくらい、ホンの少し。



…」



ここで眠る前はなかった筈の籠の中で寝息を立てるトゲーの姿。



流れてくる夕焼け小焼けのメロディーが夕刻なのだと告げた。



確か眠る前にクーラーを入れた気がしたけどいつしかそれは切られていて、時折抜ける風が大きくカーテンを揺らす。



同時にテーブルの上に無造作に置かれたスーパーの袋が風に揺られてかさりと音を立てる。



僕と君を取り巻く世界のすべてがゆっくりゆっくりスローモーションみたいに動くのは…まだもう少しだけ眠り足りないからだ。…明日は…月曜日だからの授業の準備もしなきゃいけない。だけど、



「…もう少しだけ、いいよね……」



眠る君の手を服の裾からそっとはずして、代わりに両の手で包み込む。小さく「…瑞希」と聞こえた声に君を見やると、だけれど君は眠ったままで。ああ、昔もこんなことがあったな…なんて思いながら思わず零れおちる笑み。あの時はまだ、僕たちがこんな関係になるなんて思ってもみなかった。だけど今、確かにあの時と同じ温もりが僕の手の中にある。







ぼくのゆりかご







…夢の中でも僕の事を想ってくれているのかな、と思ったら少し前の心地よい季節の陽だまりみたいに心が暖かくなった。「おやすみ」と、の瞼に口付けを落とし向かい合うように転がって…もう少しだけ眠りの世界に身を委ねていよう…。









まだらみずき
[20100704]

(2010斑目瑞希BD企画「みずたん!」)